[พ]彼女たちの売春(ワリキリ)/軽蔑で切り捨てずに耳を傾けることから見えることもある @kun_maa
著者はこれまでに複数の出会い系サイトを活用し、全国の出会い喫茶やテレクラを訪れ、100人を超えるワリキリ女性に対してインタビューを行ってきたという。また、それとは別に全国規模の売春の価格調査を毎年行って、3000人以上のデータをまとめ、地域ごとの事情も調査してきたと言う。
本書はそんな著者の地道な取材活動から見えてきたものを明らかにしていく一冊である。
日本には今、「ワリキリ」と呼ばれる、フリーの売春活動を行っている女性が山ほどいる。この本には、そんな女性たちによる膨大な証言が記録されている。
正直、僕はこの手の話題には疎いので言葉の正確な意味すらよくわかっていなかった。
本書によれば「ワリキリ」とは次のように定義付けされている。
ワリキリは主に出会い系サイト、出会い喫茶、テレクラなどの出会い系メディアを活用して客をつかまえ、個人で自由売春を行うことを指す言葉だ。「裏デリ」と呼ばれる、出会い系サイトを活用して、チームでワリキリを行うケースもあれば、同様のことを18歳以下の年少者グループで行う「援デリ」というケースもあるが、本書で取り上げるのはあくまでも個人型のワリキリだ。
また、一時期よく耳にした「援助交際」とは違うの?って素朴な疑問に対してもわかりやすく説明されている。
援助交際が、「援助してもらって交際する」の字のごとく、セックス抜きのデートなどを含んでいたのに対し、ワリキリは「お金で割り切った体の関係」という語源が意味するように、主に本番行為を前提とした呼び方になっている。逆に、ご飯だけ・お茶だけ・お酒だけで外出することは「茶飯(ちゃめし)」と呼ばれ、区別されている。
日本で売春が行われていると聞いても、そんなことは個人の問題であり、モラルの問題であると捉えてしまい、非難や軽蔑、排除の対象にして終わりにしてしまいがちである。現に僕がそうだった。日本で売春をしている女性なんて、モラルが欠如していて自分を大切にしていないダメな女性たちだと思っていた。
しかし、本書を読むとそうとばかりは言えないことがよくわかる。
たしかに「売春」を行っている女性がすべて他に選択肢がなかったとか、貧困の問題と結びつけられるとは著者も言っていない。贅沢のために売春を行っている者も少なからず存在していることも確かだ。
だが売春に対する偏見、個人の問題として片付けてしまいがちであるという風潮に対して著者は次のように述べる。
売春は、女性が当事者となる社会問題のなかでも、最も古典的かつ普遍的なもののひとつだ。お金が必要な女性が、相対的にお金を持っている男性を相手に、セックスを提供し、対価を得る。売春はリスクの高い行動ではあるが、ほかに仕事がない女性、あるいは他の仕事よりも高い報酬に惹かれる女性、さらにはそうするように強いられた女性などが従事することが多い。それは現代の日本とて同じことだ。(中略)どうやら、「貧しい国で、売春をせざるを得ない女性がいる」という話をすると同情を示してみせるけれど、「この国で、売春をしている女性がいる」というと、途端に「道徳」や「気持ち」の問題として捉え、憤りをみせる者というのは、決して少なくないようだ。(中略)
かつての日本や後進国での売春は、「そうせざるを得ない環境があった」がゆえに同情されるべきだが、今の日本はすでに豊かな先進国のはずなのだから、それでも困難な状況に置かれているという者は、どこかで甘えているような例外的な人物、となるわけだ。
たしかに僕も含めて多くの人はこのように思っているのではないだろうか。そうして、個人の問題として売春は切り捨てられ、社会問題として手を差し伸べられることもない。
それが日本の現状なのだろう。
だが、本当にそれでいいのかと著者は問いかける。100人ものインタビューによって積み上げた事実、多くのデータを収集・分析した結果をわかりやすく、読みやすくまとめた本書によって明らかにされていく売春(ワリキリ)の姿は、ある種の説得力と凄みを持って問いを発し続ける。
困っている人が数多く存在することがわかれば、僕たちは「個人問題を社会問題化」する必要がある。複数の当事者がいて、似たような問題にぶつかっているのであれば、それを再生産する仕組みがどこかにあるのだろうから、個人の問題として切り捨てるのではなく、何かしらの対処策と、困難と向き合っている人への処方箋を用意しなくてはならない。だがその際、僕たちは常に逆向きの力も経験する。それは、「社会問題を個人問題化」しようとする力だ。そんなのは社会問題ではない、あくまで個人の失敗事例にすぎないと、解決のための議論に水を差すような言葉の数々だ。
売春は常に個人の問題行動として捉えられ、政治や社会問題として取り上げられることがあっても、それは貧困や援助の対象としてではなく、取り締まって排除する対象として、生命や人権の問題としてではなく、道徳の問題として扱われてきた。
しかし、女性の貧困問題としての売春に焦点を当てたとき、著者が積み上げたものは氷山に一角であるかもしれないが、そこからは確実にある傾向と社会問題としての売春の役割が炙り出されている。
個人の問題として排除するのではなく、社会問題として、貧困のセーフティネットの一面として売春(ワリキリ)を捉え直し、少なくとも本人が望まぬ売春を防ぐための方策を真剣に考える必要性を強く感じた。
彼女たちへのインタビューはそれぞれの抱えている問題や歩んできた人生を映し出し、多くの問題点を浮かび上がらせている。
取り上げているのは深刻な問題なのだが、軽妙な筆力に助けられてかとても読みやすく、わかりやすい。そして、こう言っては誤解を生むかもしれないがとてもおもしろい。
普段は聴こうともしない声に耳を傾けることから見えてくる社会の問題ってのは確かに存在すると思う。売春なんて関係ないし、興味なんかないって人にこそ読んで欲しい一冊。
もちろん売春にバリバリ興味あるって人も、読んでみると視点が変わるかもしれない。
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